『空手道修武会』 松元和成の Best Day, Yet !

修武会代表・松元和成の空手道活動誌。毎日「Best Day, Yet!」と言えるよう日々精進!

2008年09月

錦江湾クリーン作戦 秋の部

 曇り模様。夏の部に続き、本年度2度目の錦江湾クリーン作戦である。

 参加者は約50人。今回はごみの計量はもとよりゴミの発生原因を調査するため、拾ったゴミをひとつづつ分類して調査票に記入する作業も。

 発泡スチロール、プラスチック類が主でしたが、???と思えるようなものも中にはありました!

 

筋トレ

 保育園指導を終えた後、高山のジムへ、1週間ぶりである。

 チンニング、ラットプルダウン、シーティッドロウイング、カール、バックEX、ワンハンドダンベルロウなど背中と二頭筋を主に。

 夕方は吾平道場で練習。六段位の試験も近づいてきましたので、気合入れてます!

県体祝勝会!

b16c8d5b.JPG やはり、県体、成年団体組手優勝は初めてでした。

 ということで、市内の居酒屋で祝勝会を開催。選手、監督、役員15名参加しての祝勝会となりました。

 準優勝した姶良地区は若手のチーム、我々肝属チームも若手の育成をしていくことが課題のようです。

 来年は2連覇、そして総合優勝目指して頑張りたいと思います。

”男の中の漢”古梶好一師範を語る その3 

 平成4年5月、公認四段位を受ける際、本部道場に初めて練習に出向いた。

 当時六段位であった、古梶先生、新野先生、松村先生は毎月第?木曜日に定期的に本部道場で練習をされていたが、丁度その練習と重なった。

 私が到着した時には三先生方は既に練習を始められていた。交互にバッサイダイやローハイを打たれていた。私もそれに交じって練習を見ていただいたが、全てがカルチャーショックであった。三先生からみっちりご指導いただいた。

 練習後は全員で、石原軍団がよく泊まるという、原鶴温泉へ。浴槽の中でも古梶先生は突きをされいた。「こう突くんじゃ!」みたいに。

 風呂から上がると行きつけのスナックで一杯。その後ラーメンを食べて道場へ。これで寝れると思ったら、また練習!

 四段、五段の試験はいつも古梶先生が傍にいてくださった。五段は佐賀で開催されたが、本番前へとへとになるまで練習した。「本番前にやりこなすと本番で力が抜けるんじゃ!」が先生の持論。

 お陰で四段も五段も一発で合格することができました。野上先生のご指導は勿論のこと、古梶先生のお陰でもあります。

”男の中の漢”古梶好一師範を語る その2

 その後、古梶先生とお会いしたのは、高校時代もあったかもしれないが、神戸ワールド記念ホールで行われた連合会の西日本大会である。

 当時、私は二十歳か21、先生は33歳くらい?(超、オトコマエ!)大会前日、京都大学で待ち合わせ、中津修武館出身のA君に会いに行くためで、古梶先生もストレートで京都大学に合格した愛弟子を自慢にしておられた。

 鹿児島からの参加は私一人で、中津からは7名くらいの選手が参加していた。夜は旅館で宴会となり、空港で私が買ってきた焼酎を呑むことに。

 古梶先生曰く「昔の武将は出陣の前になぜ飲んだか知ってるか?緊張をほぐすためじゃ!飲め!」てな具合で、生で一気飲み。

 酔った勢いで皆で軽く組手の練習。手先が狂って、誰かさんが鼻骨折りましたよね?

第62回かがやき県体空手道競技

 鹿児島県の県民体育大会は、高校生の部と成年の部が開催される。弟も広島から観戦に来ていたが、成年部のある県体は珍しいそうである。

 その成年部の団体組手、万年3位、良くて準優勝。私も現役時代、準優勝が最高で優勝した記憶が無い。今年こそはの意気込みで臨む。

 団体戦は指宿地区が不参加のため全11チーム。初戦(2回戦)は、鹿児島。ここが山場で、ここを突破すれば決勝までいけると踏んでいた。

 徳永英作監督の采配が功を奏し、初戦突破。中堅戦で田布尾が二瓶選手と引き分けたのが大きかった。

 準決勝は、熊毛地区と。若手の選手の多いチームであったが、ここは何なくクリアー、いよいよ決勝戦へ。

 決勝戦は姶良チームと対戦。先鋒、0−6で負け。次鋒、私と同級の城崎選手、中段蹴りを2発も決め勝利。中堅戦、個人戦準優勝の田布尾、引き分け。副将、新西も引き分け、1勝1敗2分けで大将戦勝負となった。

 大将は下八重、相手は10歳くらい若い選手だろうか。ここを6−0で勝って、見事優勝を決めた。初優勝ではないと思うが、私の記憶する限りでは初の団体戦優勝である。

 選手の皆さん、お疲れ様でした。そして、おめでとう!祝勝会は26日です!

筋トレ&第62回県体

 午前中は、空手の父兄の経営される高山のトレーニングジムに。今日が初日だったので、ベンチプレス、トライセップスEX、マシンでのフライなど。筋肉痛が楽しみです。
 
 午後からは県体に向けて出発。今年は川辺地区で、空手道競技は特攻基地で有名な南九州市知覧町で開催された。

 午後5時から審判会議、我々は、宿泊地の鹿児島中央駅近くのホテルから80分かけて到着。

 午後6時半から懇親会。自己紹介等あったが、なんなよくしゃべるわ!手短にまとめればいいものを長々と。わたしは「よろしくお願いします。」の一言。

 懇親会終了後、再びホテルに帰り中央駅近くで選手たちと合流ししばし懇談。明日に響かない程度に帰りました。

”男の中の漢”古梶好一師範を語る

c70ffe13.JPEG 私が初めて古梶先生にお会いしたのは、確か中学1(か2)年の時。

 当時、道場が自動車会社の3階にあった頃である。そのとき古梶先生は現役バリバリの”ジャパン”。アジア大会か何かに出場される前であった。

 私の師範から先生の紹介があった後、約束組手のデモンストレーション。ダミーはなんと、私。(当時、中学生でも道場では最年長者)

 いきなり古梶先生の刻み突きがあごに”ガツ〜ン!!”しかも数発!”この人、何で当てるんだろ!?”というのが私の第一印象でありました。

美咲 誕生会

bf783bdd.JPG 鹿屋市の鉄板焼きのお店”赤の涙”にて、美咲の18歳の誕生会。

 尚も帰省していたので、久し振りに家族5人が揃った。

 月曜日は2,000円でのバイキングデー。頑張って食べ過ぎました。

 最後には、スタッフのサプライズコーラス付きのケーキのプレゼント。

 帰り際にはメッセージカード。若いスタッフが心のこもったおもてなしをしていただき、美咲も感激したようでした。

 美咲、来週は、大阪で就職試験です。来年からいよいよ社会人(の予定)。頑張って欲しいものです。

坂元佑美さん 国体壮行会

as 10月5から開催される大分国体、高校女子組手代表に、当門出身の坂元佑美さん(鹿児島城西高校3年)が選出された。今日はその壮行会。

 当門からの国体選手は、一昨年の田布尾丞滋君以来2年ぶり。

 北京オリンピック競泳、柴田選手の成績は振るわなかったが、今回のオリンピックには鹿屋体育大学関係者から3名の競泳選手が出場した。

 メダリストが身近にいることで、目標になり、また自分も頑張ればオリンピック選手になれると励みになる。アテネ以降、柴田亜衣選手が大学関係者にもたらした影響は大きい。巷では”柴田効果”と呼ばれる所以である。

 ということで、道場のちびっ子たちも、先輩を見習って国体選手目指して頑張って欲しいものである。
 
Profile
Profile
松元 和成
1965年7月15日生(O型)・鹿児島県出身

10歳より空手を始める。福岡県・公認8段位野上修一先生に師事。2000年道場設立。空手道を通じて青少年育成と海外ネットワーク作りに情熱を燃やす。

(資格)
(財)全日本空手道連盟3級資格審査員 
(財)全日本空手道連盟公認五段位(錬士)
日本空手道連合会錬士六段
(財)日本体育協会公認上級スポーツコーチ
(財)全空連 公認全国組手審判員
(財)全空連鹿児島県空手道連盟副理事長

(経歴)
1997 国際交流基金・バングラデシュ指導
2000 国際交流基金・ウルグアイ、ブラジル指導
2002 ワシントン州国際空手道大会優勝
2004 サンフランシスコ空手ホームステイ交流事業実施
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